【あの施設は今?】千里セルシーの現在は?解体工事が進む千里中央の巨大廃墟、歴史と跡地の再開発計画

あの施設は今

大阪府豊中市の千里中央駅前に、かつて「千里セルシー」という大型商業施設がありました。

1972年に開業し、ショッピングや映画、食事、スポーツなどが楽しめる千里ニュータウンのシンボル的存在として、長年にわたって親しまれてきました。

筆者もかつて、何度も足を運んだことがあります。駅前に広がる独特の建物や、中央に設けられたイベント広場が印象に残っています。凄い賑わいでしたよ。

ところが、老朽化や耐震性の問題などから2019年に閉館。その後は駅前の一等地にありながら、巨大な建物だけが残され、まるで廃墟のような光景が広がっていました。

そんな千里セルシーも、ついに2025年8月から解体工事が始まりました。

では、現在の千里セルシーはどうなっているのでしょうか。そして、跡地には何ができるのでしょうか。

今回は「あの施設は今?」というテーマで、千里セルシーの歴史を振り返りながら、解体工事の現状と再開発計画について紹介します。

千里セルシーとは?1972年開業の巨大商業施設

千里セルシーが誕生したのは、1972年11月15日のことです。

場所は大阪府豊中市新千里東町。北大阪急行電鉄・千里中央駅に直結する抜群の立地でした。

千里ニュータウンは、高度経済成長期に開発された日本を代表する大規模ニュータウンです。1962年に入居が始まり、1970年には大阪万博が開催され、周辺地域は急速な発展を遂げていきました。

そんな時代に誕生したのが千里セルシーだったのです。

建物は地上6階、地下1階。延床面積は約4万5,000平方メートルという大規模なものでした。

特徴的だったのが、古代ローマの円形闘技場「コロッセオ」を思わせる構造です。

中央に広場を設け、その周囲を囲むように商業施設が配置されていました。各階には曲線を描くような通路があり、建物全体が一つの巨大な劇場のようにも見えました。

現在の一般的なショッピングモールとは違い、どこか未来的で、遊び心のある建築だったと思います。

開業当時は、買い物だけでなく、さまざまな娯楽を楽しめる総合レジャー施設として注目されました。

映画館にボウリング場、プールも!何でもそろった娯楽の殿堂

千里セルシーの魅力は、何といっても施設の充実ぶりでした。

館内には映画館、ボウリング場、ゲームセンター、プール、スポーツ施設、飲食店などがありました。

買い物をするだけでなく、映画を観たり、友人と遊んだり、家族で食事をしたりと、一日中楽しめる施設だったのです。

1977年には大型スーパー「ダイエー千里中央店」が開業。日常の買い物にも便利な存在となりました。

また、映画ファンには「千里セルシーシアター」も懐かしい名前ではないでしょうか。

大型シネマコンプレックスが普及する前から、千里中央周辺の人々に映画を楽しむ場所を提供していました。

2002年には「千里中華街」もオープンしました。

さまざまな中華料理店が集まる飲食施設として注目されましたが、こちらは2007年に閉店しています。

こうして振り返ってみると、千里セルシーは時代に合わせて新しい施設を導入し、集客を図ってきたことがわかります。

単なる商業施設ではなく、地域の人々の暮らしや娯楽を支える場所だったのです。

アイドルの聖地!セルシー広場には大勢のファンが集まった

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千里セルシーを語るうえで、絶対に外せないのが「セルシー広場」です。

建物の中央に設けられた屋外広場にはステージがあり、週末を中心に歌手やアイドルのイベントが開催されていました。

とくに有名だったのが、新曲発売に合わせたミニライブや握手会などのイベントです。

ステージの正面だけでなく、周囲の上層階からも観覧できる構造だったため、大勢のファンが集まると、まるで巨大なコンサート会場のようになりました。

昭和の時代から、アイドルや人気歌手、タレントなどが次々と登場。ラジオ番組の公開収録なども行われていたそうです。

当時の写真を見ると、広場を埋め尽くす観客の姿に驚かされます。

千里ニュータウンの住民だけでなく、遠方からも多くのファンが訪れていたのです。

今でこそ商業施設でのアイドルイベントは珍しくありませんが、千里セルシーはその文化を長年支えてきた代表的な場所だったといえるでしょう。

出演するアーティストと観客との距離が近いことも、セルシー広場ならではの魅力でした。

実際に訪れたことがある人なら、ステージを囲むように集まる観客や、広場に響く音楽、歓声などを懐かしく思い出すのではないでしょうか。

あの光景がもう見られないと思うと、やはり寂しいものがあります。

なぜ閉館した?老朽化と大阪北部地震が大きな転機に

それほど人気のあった千里セルシーですが、開業から40年以上が経過すると、建物の老朽化が大きな問題となりました。

2013年には耐震性の不足が明らかになり、施設の今後が課題となっていました。

さらに、2016年ごろからはテナントの撤退が目立つようになります。

そして大きな転機となったのが、2018年6月18日に発生した大阪北部地震でした。

最大震度6弱を記録したこの地震は、大阪北部の建物や交通機関に大きな被害をもたらしました。

千里セルシーも例外ではありません。

地震の影響を受け、建物の上層階などが閉鎖され、営業できない店舗が増えていきました。

かつてのにぎわいは次第に失われ、空き店舗が目立つようになったのです。

そして、2019年5月31日、千里セルシーは商業施設として47年の歴史に幕を下ろしました。

閉館の主な理由は、建物の老朽化、耐震性能の不足、そして大阪北部地震による影響でした。

閉館後は駅前の巨大廃墟に?長く残された建物

閉館後の千里セルシーは、すぐに解体されたわけではありませんでした。

一部の店舗などが残っていた時期を経て、建物は次第に人の気配が失われていきました。

シャッターの下りた店舗、立ち入りが制限された通路、人気のなくなったイベント広場。

かつて大勢の人でにぎわった場所が、静まり返ってしまったのです。

驚くのは、その立地です。

千里中央駅といえば、北摂エリアを代表する交通拠点の一つ。北大阪急行電鉄と大阪モノレールが利用でき、周辺には百貨店や商業施設、オフィスビルなどが集まっています。

その駅前に、閉鎖された巨大な建物が長年残されていたのです。

大阪の駅前廃墟を語るうえで、千里セルシーが代表的な存在として取り上げられるのも、うなずけます。

ただし、いわゆる放置された無管理の廃墟とは異なり、建物は管理され、立ち入り制限も行われていました。

それでも、営業していたころの姿を知っている人にとっては、寂しい光景だったに違いありません。

筆者も何度か訪れたことのある施設だけに、あの独特の建物が使われなくなってしまったことには、時代の流れを感じます。

【2026年現在】千里セルシーの解体工事が進行中!

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長らく閉鎖された状態が続いていた千里セルシーですが、2025年8月、ついに解体工事が始まりました。

豊中市の公式ホームページでも、1972年開業のセルシーについて、2025年8月から解体することが発表されています。

2026年10月現在も解体事業が進められている段階です。

工事のため、かつて自由に歩けた施設内の通路や階段などは一部通行できなくなっています。

一方、セルシーと千里東町公園を結ぶ「長谷南橋」は、工事期間中も通行可能とされています。

豊中市の都市計画関係資料によると、解体工事は2025年8月から約2年間を見込んでいます。単純に計算すると、2027年夏ごろまでかかる規模の工事となります。

もっとも、工事の進行状況によって予定は変わる可能性があります。

なお、2026年10月時点での建物の撤去率など、詳細な現地進捗までは確認できていません。

いずれにしても、千里中央駅前の風景を長年特徴づけてきた建物が、姿を消そうとしていることは確かです。

跡地には何ができる?千里阪急などと一体的に再開発へ

では、千里セルシーの跡地には何ができるのでしょうか。

実は現在、千里中央駅周辺では大規模な再開発計画が進められています。

2024年8月、阪急阪神不動産は、千里セルシーと千里阪急百貨店、さらに千里阪急ホテルの敷地を一体的に再開発する方針を発表しました。

注目したいのが、千里阪急とセルシーの敷地を活用して検討されている新しい大型商業施設です。

その規模は、なんと延床面積約10万平方メートル級。

旧千里セルシーの延床面積が約4万5,000平方メートルだったことを考えると、かなり大規模な商業施設になる構想です。

百貨店をはじめ、物販店、飲食店、サービス施設、エンターテインメント施設などの導入が検討されています。

さらに、バスやタクシーの乗降場、歩行者通路なども整備し、駅周辺の利便性を高める計画です。

そして、個人的に注目しているのが、かつての「セルシー広場」を継承する新しい広場の整備です。

あの場所には、単に買い物をするだけではない魅力がありました。

コンサートやイベントが開催され、人々が集まり、交流する空間だったのです。

新しい商業施設にも、そんな場所が誕生すればうれしいですね。

なお、豊中市などが示した再整備計画では、2032年度の事業完成を目標としています。ただし、計画内容や具体的な開業時期は今後変更される可能性があります。

千里阪急ホテルも2026年8月から解体へ

千里中央の変化は、セルシーだけではありません。

長年、地域のランドマークとして親しまれた千里阪急ホテルも、再開発に伴って2026年8月3日から解体工事が始まっています。

1970年開業の千里阪急ホテルも、半世紀以上の歴史を持つ施設でした。

つまり、1970年代の千里ニュータウンを象徴する建物が、相次いで姿を消すことになるのです。

千里中央は、まさに街全体が大きく生まれ変わろうとしている時期なのでしょう。

2026年9月の豊中市議会でも、新しい商業施設の規模や、市民が交流できるイベント広場の必要性などが議論されています。

市側は、既存施設を含めた地区全体で商業・交流機能を充実させる方針を示しており、広場などについても引き続き検討を進めています。

まとめ|千里セルシーの思い出は新しい街へ受け継がれるのか

1972年に誕生し、47年間にわたって千里中央のにぎわいを支えてきた千里セルシー。

映画館やボウリング場、ショッピング施設、そしてアイドルのイベントで知られたセルシー広場。

昭和から平成にかけて、大勢の人々の思い出が詰まった場所でした。

閉館後は長く廃墟のような状態が続いていましたが、2025年8月から解体工事が始まり、現在は再開発に向けた新たな段階に入っています。

筆者もかつて何度も足を運んだだけに、あの独特の建物がなくなるのは残念です。

それでも、跡地には大規模な商業施設やイベント広場などが計画されています。

新しく生まれ変わる千里中央が、かつてのセルシーのように、多くの人に愛される場所になることを期待したいですね。

そして、できることなら、あのセルシー広場のように、アイドルの歌声や観客の歓声が響く場所が復活してほしいものです。

※この記事は2026年10月13日時点で確認できた豊中市の公表資料、阪急阪神不動産の発表などをもとに構成しています。

千里セルシー・施設情報

項目内容
施設名千里セルシー(SENRI SELCY)
所在地大阪府豊中市新千里東町1-5-2
開業日1972年11月15日
閉館日2019年5月31日
建物規模地上6階・地下1階
最寄り駅北大阪急行電鉄・千里中央駅
主な施設映画館、ボウリング場、スーパー、飲食店、イベント広場など
現状2025年8月から解体工事中
跡地計画千里阪急などと一体的に再開発
再整備目標2032年度の事業完成を目指す

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大阪・建て替え検討の「セルシー」店舗関係者の思いとは(Yahoo!ニュース2017/9/23(土) 19:19配信)

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