大阪・梅田を歩いていて、「さっきまで自分がどこにいたのかわからなくなった」という経験はないでしょうか。
とくに梅田の地下は複雑です。JR大阪駅をはじめ、阪急、阪神、Osaka Metroの各駅、百貨店、地下街、大阪駅前ビルなどが地下通路でつながっています。初めて訪れた人なら、目的地まで一直線にたどり着くのはなかなか難しいでしょう。
そんな梅田の巨大地下空間は、いつしかネット上などで「梅田ダンジョン」と呼ばれるようになりました。
では、なぜ梅田の地下はこれほど複雑になったのでしょうか。
実は最初から巨大な迷路をつくろうと計画したわけではありません。戦前から現在まで、駅や百貨店、地下街、オフィスビルなどが時代ごとに建設され、それぞれを地下通路でつないできた結果、現在の「梅田ダンジョン」が出来上がったのです。
今回は「梅田ダンジョン」とは何なのか、その歴史や迷路化した理由、中心的存在である「ホワイティうめだ」などについて詳しく紹介します。
梅田ダンジョンとは?
「梅田ダンジョン」は正式な施設名ではありません。
大阪・梅田周辺に広がる複雑な地下街・地下通路網をRPGのダンジョンになぞらえた呼び名です。
梅田には、
- JR大阪駅
- JR北新地駅
- 阪急大阪梅田駅
- 阪神大阪梅田駅
- Osaka Metro御堂筋線・梅田駅
- Osaka Metro谷町線・東梅田駅
- Osaka Metro四つ橋線・西梅田駅
という多数の駅があります。
大阪市によると、この7駅の1日平均利用者数は約236万人。地下だけでなく地上や歩行者デッキまで組み合わされた、多層的な歩行者ネットワークが形成されています。大阪市公式ウェブサイト
つまり「地下街が一つある」というレベルではありません。
地下鉄の改札を出たと思えば百貨店の地下売り場に入り、そこを抜けると別の地下街になり、そのまま歩いていると大阪駅前ビルへ。階段を上がったり下がったりしているうちに、東西南北の感覚までわからなくなる――。
これこそが「梅田ダンジョン」と呼ばれる理由です。
なぜ梅田の地下街は迷路になったのか?
最大の理由は、一度に計画して造られた巨大地下街ではないことです。
梅田では長い年月をかけて、鉄道駅、地下道、地下街、百貨店、ビルなどが次々と造られてきました。そのたびに既存施設と新施設をつないできたため、地下空間が徐々に複雑になっていったのです。
大阪市も大阪駅周辺について、地下・地上・デッキによる多層構造のため、駅間の乗り換えなどで上下移動が必要となり、「経路が迷路状で分かりにくい」と指摘しています。地下空間の広さは約7.7万平方メートルに達するとされています。大阪市公式ウェブサイト
まさに行政から見ても「迷路状」なのです。
鉄道会社がいくつも集まった巨大ターミナル
梅田が複雑になった背景には、JR、阪急、阪神、Osaka Metroという複数の鉄道事業者が集中していることもあります。
しかも駅の場所が完全に同じではありません。
JR大阪駅を中心に、阪急は北東側、阪神は南側、東梅田駅は東、西梅田駅は西、北新地駅はさらに南側にあります。
これらを便利に乗り換えられるよう通路を造った結果、地下ネットワークは東西南北へ広がっていきました。
梅田の地下は戦前から始まっていた

「梅田ダンジョン」の歴史は意外に古く、戦後の地下街ブームだけで始まったものではありません。
阪神電鉄は1939年、大阪駅前への地下延長線を開通させ、梅田駅を地下へ移しました。
さらに大阪市の資料によると、大阪駅前地下道は1942年から供用されています。その後、1960年代になると本格的な地下街が相次いで誕生。地下空間は時代とともに拡張されていきました。
戦前から少しずつ地下利用が進み、戦後の高度経済成長期に一気に発展したわけです。
「ホワイティうめだ」が梅田ダンジョンの中心

梅田ダンジョンを語るうえで欠かせないのが、ホワイティうめだです。
現在のホワイティうめだは、1963年11月29日、「ウメダ地下センター」として開業しました。
建設が始まったのは1961年。阪急・阪神百貨店や主要ビル、地下鉄御堂筋線・谷町線の改札などをつなぐ地下道として整備されました。施工総面積は約1万8000平方メートル。当時としては国内最大級の地下街だったといいます。
驚くのは開業日の盛況ぶりです。
なんと初日には約101万人もの人が訪れました。当時、「地下を歩く」ということそのものが新しい都市体験だったのでしょう。大阪地下街株式会社 | おおさかの地下街
なぜ地下街を造ったのか?
現在ではショッピングや飲食のイメージが強いホワイティうめだですが、そもそもの重要な目的は地上の交通混雑を緩和することでした。
1960年代初頭の梅田では、自動車だけで1日約15万台、歩行者は約67万人を超えていたとされます。
膨大な人と車が集中する梅田で、歩行者を地下へ誘導し、安全に移動できるルートを確保する必要があったのです。
地下街は商業施設であると同時に、都市交通を支えるインフラでもありました。
ホワイティうめだはさらに東へ拡張
ウメダ地下センターは完成して終わりではありませんでした。
1970年には現在の泉の広場方面へ延伸。そして1974年にはさらに拡張されました。Whityうめだ | おおさかの地下街
1970年には「泉の広場」も誕生します。
当時としては地下街に広場を設けること自体が画期的で、噴水やシャンデリアを備えた華やかな空間でした。長年、大阪人には待ち合わせ場所として親しまれてきました。
「泉の広場で待ち合わせ」は、梅田の定番だったわけです。
「ウメ地下」から「ホワイティうめだ」へ
1987年、大規模なリニューアルによって「ウメダ地下センター」は現在の**「ホワイティうめだ」**へ名称変更されました。
「Whity」は「WHITE」と「CITY」を組み合わせた造語です。
白が持つ若々しく新鮮なイメージと、ファッション性を意識した名前で、内装や照明なども白を基調とした明るい地下街へ生まれ変わりました。
現在は約3万1300平方メートルの延床面積を持ち、飲食、食品、ファッション、コスメ、医薬品など約180店舗が集まっています。2019年時点の推定来街者数は1日約40万人です。
2019年には泉の広場周辺も大きく改装され、かつての噴水に代わって「Water Tree」が設置されました。
昔の雰囲気を知る大阪人には少し寂しい部分もありますが、「泉の広場」という名前は今も残っています。
ディアモール大阪もダンジョンを拡大
さらに梅田地下空間の巨大化に拍車をかけたのが、1995年10月に開業したディアモール大阪(大阪駅前ダイヤモンド地下街)です。
イタリアの街並みをイメージした明るく開放的な地下街で、ホワイティうめだとはまた違った雰囲気があります。
しかし重要なのは、その接続先です。
ディアモール大阪はホワイティうめだ、大阪駅前ビル、大阪梅田ツインタワーズ、阪神大阪梅田駅、JR北新地駅などにつながっています。
つまり、
ホワイティうめだ→ディアモール大阪→大阪駅前ビル→北新地駅方面
と、地下を歩き続けられるのです。
大阪市の防災資料では、大阪駅周辺の大規模地下空間として、ホワイティうめだ、ディアモール大阪、ドーチカ、西梅田地下道、大阪駅前地下道、曽根崎地下歩道の6施設を挙げ、さらに5つの地下駅、54の接続ビルを示しています。
数字を見るだけでも「ダンジョン」と呼びたくなる規模です。
梅田ダンジョンは今も進化している
さらにややこしいのは、梅田が現在も再開発を続けていることです。
大阪駅周辺では大阪ステーションシティ、グランフロント大阪、KITTE大阪、グラングリーン大阪など新しい施設が相次いで登場しました。
そのたびに人の流れや地下・地上の接続方法も変化します。
梅田に慣れている人でも、
「久しぶりに来たら通路が変わっている」
「いつも使っていた出口がなくなっている」
ということが珍しくありません。
RPGなら一度攻略すれば地図を覚えられそうですが、梅田ダンジョンの場合は“アップデートされるダンジョン”というところが厄介です。
梅田ダンジョンで迷わないコツは?
梅田で迷わないためには、駅名だけを見るのではなく、まず目的地が大阪駅の東西南北どちらにあるのかを意識するとわかりやすくなります。
たとえば東側ならホワイティうめだ・東梅田方面、西側なら西梅田・ハービス方面、南側ならディアモール大阪・大阪駅前ビル・北新地方面と、大まかなエリアを頭に入れておくと方向を失いにくくなります。
また「○番出口」だけではなく、「阪神百貨店」「阪急百貨店」「泉の広場」「大阪駅前第○ビル」など、大きなランドマークを目標に進むのもおすすめです。
それでも迷ったら、一度地上に出るのも一つの方法です。
ただし、地上に出たことでさらに現在地がわからなくなることもあります。そこまで含めて梅田ダンジョンなのかもしれません。
まとめ
「梅田ダンジョン」とは、JR大阪駅周辺に広がる巨大で複雑な地下空間を、ゲームの迷宮になぞらえた呼び名です。
その原点をたどれば戦前から地下交通の整備が始まり、1942年には大阪駅前地下道が供用。高度経済成長期の1963年には「ウメダ地下センター」、現在のホワイティうめだが誕生しました。
その後も地下街は拡張され、地下鉄駅や百貨店、大阪駅前ビル、ディアモール大阪などと次々に接続されていきます。
つまり現在の複雑さは失敗して迷路になったというより、巨大ターミナル梅田が70年以上にわたって発展を続けてきた結果なのです。
梅田を歩いていて迷ってしまったとき、「また迷った」と嘆くのもいいですが、地下に刻まれた大阪の都市発展の歴史だと思って歩いてみると、少し違った景色に見えるかもしれません。
「梅田ダンジョン」は不便な迷路である一方、大阪という街の成長そのものを体感できる巨大な地下都市でもあるのです。


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