大阪・新世界を歩いていると、あちらこちらで目にする不思議な像があります。頭の先がとがり、細い目でニッコリ笑い、両足をこちらへ突き出して座っている「ビリケンさん」です。
大阪を代表するキャラクターのような存在ですが、実は大阪生まれでも、日本生まれでもありません。
さらに有名なのが、「ビリケンの足の裏を撫でるとご利益がある」という言い伝えです。通天閣を訪れた観光客が次々と足の裏を触っていく光景は、新世界の名物のひとつになっています。
では、ビリケンさんはいったい何者なのでしょうか。そして、なぜ足の裏を撫でるのでしょう。
今回は「ビリケン足の裏」をキーワードに、ビリケンさんの誕生から大阪との関係、ご利益、実際に会える場所まで、観光目線で紹介します。
ビリケンとは?じつはアメリカ生まれの「幸福の神様」

画像引用:https:ameblo.jpshinsekaizyohoentry-12940634024.html
いかにも大阪らしい顔をしているビリケンさんですが、そのルーツはアメリカです。
ビリケンは1908年、アメリカ・ミズーリ州の美術教師・イラストレーターだったフローレンス・プリッツ(Florence Pretz)によって生み出されました。
セントルイス大学の資料によると、プリッツは1908年にビリケンのデザイン特許を申請しています。丸々とした体、尖った頭、大きな笑顔という独特の姿をしたキャラクターは、幸運をもたらす存在としてアメリカで大ブームになりました。人形だけでなく、貯金箱やベルトのバックル、帽子の飾りなど、さまざまな商品が作られたといいます。(セントルイス大学)
ビリケンの台座などで見かける、
「THE GOD OF THINGS AS THEY OUGHT TO BE」
という言葉も印象的です。直訳すれば「物事があるべき姿を司る神」といった意味になります。
つまり、日本古来の神様というより、20世紀初頭のアメリカで誕生した「幸福を呼ぶマスコット」が、海を渡って大阪にやってきたわけです。
ビリケンが日本へやって来たのは明治時代
ビリケンが日本へ伝わったのは、1909年ごろとされています。
大阪の繊維商社・田村駒は1911年にビリケンを商標登録し、販売促進用品や商品キャラクターとして使うようになりました。現在でも「ビリケン」は田村駒株式会社の登録商標です。(ビリケン)
そして1912年、大阪に現在の「新世界」が誕生します。
同じ年、新世界には初代通天閣と遊園地「ルナパーク」が開業しました。そのルナパークに設けられた「ビリケン堂」にビリケン像が安置され、大阪の人々に親しまれるようになったのです。(通天閣)
この時代から、ビリケンと新世界との長い付き合いが始まりました。
初代ビリケンは行方不明に
ところが、1923年にルナパークが閉園します。
それに伴い、そこにあった初代ビリケン像は行方が分からなくなってしまいました。現在もその行方は不明とされています。
新世界からビリケンさんが姿を消してから、実に半世紀以上。
再び姿を現したのは1970年代末でした。
1979年、通天閣に「ふれあい広場」を開設する際、かつて新世界の名物だったビリケンを復活させる計画が持ち上がります。そして1980年ごろから、2代目ビリケンが通天閣に鎮座するようになりました。
この2代目が、新世界名物「足の裏を撫でるビリケン」の人気を決定的なものにします。
なぜ「ビリケン足の裏」を撫でるの?


では、最大の疑問です。
なぜ、ビリケンさんは頭でもお腹でもなく、足の裏を撫でるのでしょうか。
現在では、
「ビリケンさんの足の裏を撫でながら願い事をすると、ご利益がある」
という習慣が完全に定着しています。通天閣公式資料でも、ビリケンの大きく突き出した足の裏を撫でるとご利益があると紹介されています。
一方、「なぜ足の裏なのか」という由来については、確実な史料で一本化されているわけではありません。
よく語られているのが、
「ビリケンさんは腕が短く、自分では足の裏を掻けない。その代わりに足の裏を掻いてあげると、お礼に願い事をかなえてくれる」
という大阪らしいユーモラスな説です。新世界の地域情報でも、この言い伝えが紹介されています。
あくまで民間の言い伝えとして考えた方がよいでしょうが、「福の神の足を撫でてお願いする」という分かりやすい行為が、観光客の間にも広がっていったのでしょう。
撫でられすぎて足の裏がへこんだ?
「ビリケン足の裏」を象徴するのが、2代目ビリケンです。
長年にわたり何百万人もの観光客から撫でられ続けた結果、足の裏がツルツルになり、しかも少しずつ削れてへこんでしまいました。
ビリケン公式サイトにも、先代ビリケンの足の裏は、多くの人から撫でられたことで磨かれ、減って凹んだことで知られていると紹介されていますよ。
考えてみれば、これはかなりすごい話です。
木像の足の裏が変形するほど、人々が願いを込めて触り続けたわけです。
その姿そのものが、新世界という街がいかに多くの観光客を迎えてきたかを物語る歴史の証人とも言えるでしょう。
現在の通天閣は3代目ビリケン
現在、通天閣で観光客を迎えているのは3代目ビリケンさんです。
2012年、新世界・初代通天閣誕生100周年を記念し、2代目から3代目へ代替わりしました。3代目のお披露目時には今宮戎神社の宮司を招き、神事まで行われています。
現在も通天閣では正式に「幸運の神様」として扱われており、イベントの際にも「ビリケンさんの足の裏を撫でて幸運を」といった案内が行われています。
大阪を代表する観光キャラクターであると同時に、本当に「福の神」のような存在になっているのが面白いところです。
ビリケンの足の裏はどこで撫でられる?
「本物のビリケンさんに会って、足の裏を撫でてみたい」という人なら、まず向かいたいのが大阪・新世界の通天閣です。
ビリケンさんは通天閣5階の「黄金の展望台」に鎮座しています。大阪観光局も、展望台に「足の裏を撫でると幸運が訪れると言われるビリケン像」があると紹介しています。(大阪公式観光情報 OSAKA-INFO)
2026年9月現在、一般展望台の営業時間は9時~21時45分、最終入場は21時15分です。また現在は入場時間予約制が導入されています。営業時間や料金は変更される可能性があるため、訪問前に公式サイトで確認しておくと安心です。
無料でお参りするなら「ビリケン神社」も
実は、新世界には通天閣とは別にビリケン神社もあります。
2012年、新世界100周年を記念して設けられたもので、かつてルナパークの「ビリケン堂」があったとされる場所にビリケンさんが祀られています。
場所は大阪市浪速区恵美須東3丁目。JR新今宮駅から徒歩数分ほどです。大阪観光局によると参拝は無料で、通天閣やスパワールドからも近いので、新世界散策の途中に立ち寄りやすいスポットです。
「通天閣に上って3代目ビリケンに会う→新世界を歩いてビリケン神社へ」というルートにすると、ちょっとしたビリケン巡りが楽しめます。
新世界を歩けば「ビリケンだらけ」

通天閣だけを見て帰るのは、少しもったいありません。
新世界の面白さは、街全体にビリケンさんがあふれていることです。
串カツ店、飲食店、土産物店の店先などに大小さまざまなビリケン像があり、「ここにもビリケン」「あそこにもビリケン」と探しながら歩けます。
ビリケンはもはや一つの像というより、新世界という街のキャラクターになっています。
通天閣を眺めながらジャンジャン横丁を歩き、串カツを食べ、ビリケンを探す。これこそ大阪らしい庶民派観光ではないでしょうか。
ビリケンはなぜ大阪にこれほど似合うのか
考えてみると不思議です。
アメリカ生まれのキャラクターなのに、今では「大阪の神様」と言われてもまったく違和感がありません。
その理由の一つは、ビリケンさんの親しみやすさでしょう。
荘厳な表情で人を見下ろす神様ではありません。ニヤリと笑い、大きなお腹を出し、裸足で座っています。
しかも、
「足の裏を掻いてくれたら願いをかなえたる」
というような物語まで生まれました。
大阪らしい笑いとサービス精神が、アメリカ生まれの幸運のマスコットを「新世界の福の神」に変えていったようにも思えます。
まとめ|大阪観光なら一度は「ビリケン足の裏」を撫でてみたい
ビリケンさんは1908年にアメリカで誕生し、明治末期に日本へ伝わりました。そして1912年、新世界の遊園地「ルナパーク」に登場したことから、大阪との100年以上にわたる関係が始まります。
初代は行方不明となりましたが、その後復活。現在では3代目ビリケンが通天閣の展望台で観光客を迎えています。
そして最大の名物が、やはりビリケンの足の裏です。
足の裏を撫でながら願い事をすると幸運が訪れる――。科学的な根拠があるわけではありませんが、先代の足がへこんでしまうほど多くの人が願いを託してきたという事実自体が、なんとも大阪らしい歴史ではないでしょうか。
大阪・新世界を訪れるなら、串カツと通天閣だけでなく、ぜひビリケンさんにもご挨拶を。
さて、あなたならあの大きな足の裏を撫でながら、何をお願いしますか。

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